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静岡簡易裁判所 昭和35年(ろ)106号 判決

被告人 伊本相夫こと尹相大 外二名

主文

被告人尹相大を罰金四万円に、同金禧坤、同佐藤久男を各罰金弐万円にそれぞれ処する。

右罰金を完納することができないときは、金四百円を壱日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。押収物件中骨子参個(昭和三五年領第一九号の一)、壼参個(同号の二)、敷布壱枚(同号の六)、現金四口合計八万六千四百四拾円(同号の九乃至一二)はこれを被告人尹相大から、壼壱個(昭和三五年領第一八号の五)、白木綿布壱枚(同号の九)、黒革バンド壱本(同号の一〇)、現金参口合計参千百八拾九円(同号の一二乃至一四)はこれを被告人佐藤久男から、いずれも没収する。

訴訟費用中証人栗田順行、同黒田昌利に支給した分は被告人参名の負担、証人大長祥一に支給した分は被告人尹相大、同金禧坤の連帯負担とし、証人大畑金作に支給した分は被告人佐藤久男の負担とする。

理由

第一、罪となるべき事実

(一)  被告人尹相大は昭和三五年四月二〇日午後八時頃より同日午後一〇時三〇分頃までの間静岡市永楽町二〇番地所在喫茶バー「炎」(岡村昌宣こと盧三洙経営)方奥七畳間において賭客高原友吉こと早小鳳外二〇名位を相手方とし、自ら胴元となつて骨子、壼等を用い約五〇回に亘り金銭を賭して俗に「上下(ウエシタ)」と称する賭博をなし、

(二)  被告人金禧坤は前記日時場所において被告人尹相大が前記(一)の犯行をなすに際し、その情を知りながら賭金の配分等を行ういわゆる「札付け」の役をなし或いは被告人尹相大に代つて「壼振り」を行い、被告人尹相大の前記犯行を容易ならしめてこれを幇助し、

(三)  被告人佐藤久男は同年五月三日午後八時三〇分頃より同日午後一一時二〇分頃までの間同市馬渕一丁目三番地古物商鹿又竜一方離れ六畳間において賭客大畑金作外一〇数名を相手方とし、自ら胴元となつて前同様の方法により約三〇回に亘り金銭を賭して俗に「上下」と称する賭博をなし

たものである。

第二、証拠の標目(略)

第三、本位的訴因に対する判断

(一)  公訴事実

本件公訴事実の要旨は「(一)被告人尹相大、同金禧坤は共謀し昭和三五年四月二〇日午後八時頃より同日午後一〇時三〇分頃までの間静岡市永楽町二〇番地所在喫茶バー「炎」(岡村昌宣こと盧三洙経営)方奥七畳間において賭博場を開設し、賭客高原友吉こと早小鳳外二〇名位を集めて骨子等を使用して俗に上下と称する賭銭博奕をなさしめ、寺銭を徴して利を図り、(二)被告人佐藤久男は同年五月三日午後八時三〇分頃より同日午後一一時二〇分頃までの間同市馬渕一丁目三番地古物商鹿又竜一方離れ六畳間において賭博場を開設し、賭客大畑金作外一〇数名を集めて前同様の方法により俗に上下と称する賭銭博奕をなさしめ、寺銭を徴して利を図つた」というのである。

(二)  賭場開帳図利罪における図利の意義

刑法第一八六条第二項にいわゆる賭場開帳図利の罪は「利益を得る目的を以て」賭博をなさしめる場所を開設する罪であり、その利益を得る目的とは、その賭場において賭博をする者から寺銭又は手数料等の名義を以て「賭場開設の対価として」不法な財産的利得をしようとする意思のあることをいうとするのが最高裁判所の判例である(昭和二四年六月一八日第二小法廷判決、刑集三巻七号一〇九四頁。同旨東京高裁昭和二七年二月一五日判決、高裁判例集五巻三号三三九頁。東京高裁昭和三一年一〇月三〇日判決、前同九巻一〇号一一一九頁等。)。

したがつて仮令賭場開設者がその賭場において何らかの利益を取得した場合であつても、該利益が「賭場開設の対価として」ではなく、開設者自ら賭博の相手方となり、賭博に勝を占めることによつてもたらされたものであるときは――開設者において勝負の結果が概して自己の有利となるような技巧若しくは競技方法を用いたと否とにかかわりなく――右利得を以て賭場開帳図利罪にいわゆる図利に該当するとなすを得ないこと敢て多言を要しないところである(前掲諸判例参照)。

ところで、前示第二に掲記の各証拠を綜合すれば、被告人らが訴因記載の日時、場所において賭客を集結し、自ら胴元となり、賭客らをして俗に「上下(ウエシタ)」と称する骨子賭博をなさしめたこと(被告人金禧坤の役割が従犯的地位に止るものであつたか否かは暫く措く。)は容易にこれを認め得るのであるが、被告人らが「寺銭」その他の名義を以つて賭客から一定額の金員を徴した事実はこれを認むべき証拠がないのである。よつて以下に被告人らがその開設にかかる賭場において如何なる利益を取得したか、右利得は実質的に賭場開設と対価関係を有するものであるかについて検討を進めることとする。

(三)  当裁判所の認定した本件賭博の方法

「上下」と称する骨子賭博は巷間余り見受けない種類のものであるが(「上下」という名称を用いる一種の看貫賭博があるが、これは「近目取り」の変形であつて本件賭博とは全く趣を異にする。)、前示第二に掲記の各証拠によれば、その競技方法は概ね次の如きものであると認められる。すなわち、

(a)  (賭金)白布に一線を劃し、その一方を「上(ウエ)」、他方を「下(シタ)」と称し、賭客をして各自任意に上、下のいずれか(双方でも差支えない)に賭金せしめるが、この際上、下に賭けられた各金額は総計において被我対等するを要しないものとする。

(b)  (勝負)骨子三個を振り、出目の合計が一一乃至一八の場合を上、三乃至一〇の場合を下の勝とし、勝者には賭金の倍額を返還し、敗者の賭金は没収される。

(c)  (差額の処理)上、下の各賭金額が総計において対等しない場合、勝者の賭金額が敗者のそれを上廻るときはその差額は胴元の負担となり、その逆のときは差額は胴元の収得するところとなる。

(d)  (役)一、一、一又は六、六、六の如く三個の出目が同数の場合「揃目(ゾロメ)」と称し、一、二、三及び四、五、六の順数の場合を「分れ目」と称し、いずれも胴元の役とする。この場合も出目を合計して一一以上を上、一〇以下を下の勝とすることは同様であるが、敗者の賭金は没収されて全額が胴元の取得するところとなるのに対し、勝者との関係では胴元は賭金相当額を返還すれば足り(無勝負)、倍額の返還を要しない。(したがつてこの場合は胴元の取得額は敗者の賭金額と一致し、又、「役」を設けたことによる胴元の利益は勝者の賭金額と一致する。)

(四)  被告人らの利得の性質

本件賭場開設による被告人らの利得は結局前記(三)の(c)及び(d)に判示したもの以外に出ないのである。よつて、これらの利得につき、それが賭場開設と対価関係を有するか否かについて順次検討しよう。

(甲)  まず、(三)の(c)に判示した胴元の収益が、胴元と賭客との間の勝負によつて収得されたものであることは疑問の余地がないであろう。

検察官はこれを否定し、本件賭博は賭客相互間の勝負であつて、胴元はこれに加わつておらず、勝者の賭金額が敗者のそれを上廻るときは賭場の主宰者として差額補填の責に任じ、逆の場合には賭場開設の対価としてその差額を取得するものであると論じて、胴元の地位を「丁半」賭博における中盆又は壼振りの地位と同視しようとしている。

しかし、「丁半」が賭客相互間の賭博であるとされる所以は、右賭博においては丁及び半に対する各賭金が総額において対等することを要し、各賭金額が対等するまでは壼を開けて勝負を決せられない点に存するのである(したがつて「丁半」には胴元に相当する者は存在の余地がない。)。検察官は丁半賭博においても丁、半の各賭金額が対等しないでもよいとする例のあることを指摘している。なるほど、巷間このような場合をも俗に「丁半」と呼ぶ例のあることは当裁判所に顕著であるが、これはもはや厳密にいえば「丁半」でも賭客相互間の賭博でもなく、俗に「四三四六(シソウシロク)」と称する胴元と賭客との間の賭博であり、この場合は壼振りが胴元の役をも兼帯しているのである。

およそ骨子を使用する賭博はその種類が多いが、賭客相互間で勝敗を争う形式のものは数尠く、前記「丁半」の他は初歩的な「一転し(ピンコロガシ)」程度が知られているに過ぎず、これらの賭博においては賭客個人間又は数個の賭客群の間で各賭金額が対等することが必須の要件とされており、その他の賭博はすべて胴元と賭客との間で勝負が決せられるのである。

本件「上下」賭博が一個の骨子の出目の大小によつて胴元と賭客とが勝負を争う「大目小目」と称する賭博を変形、復雑化したものであることは一見して明白である。骨子を一個から三個にするとともに前記揃目、分れ目の役を設けた過程は、骨子一個を用いる「チヨボ一」から、骨子を三個に増すとともに四五一(シグイチ)及び四三一(シソウピン)若しくは三二六の役を加えた「キツネ」(又は「源兵衛」)が派生した過程と全く同一といわなければならない。これを要するに前示(三)の(c)の胴元の利得は、賭客との間に勝負を争い、賭博に勝つことによつて獲得したものというべく、賭場開設の対価たる性質を有しないといわざるを得ないのである。

(乙)  次に前示(三)の(d)のいわゆる「揃目」、「分れ目」の役による胴元の利得について考察することとする。さきにも判示したとおり、揃目又は分れ目の出た場合胴元は敗者の賭金額全部を取得することとなるのであるが、このような「役」を設けたこと自体による胴元の利益は本来勝者に対して支払わなければならない勝者の賭金相当額の支払を免かれるという消極的利得である。(現実には敗者から没収した金額のうち勝者の総賭金額に相当する部分の収益がこれに該当する。後者の方が多い場合はその差額については胴元の利得は観念的な計算上のものとなる。)この利得は明らかに胴元の地位に附着しているのであり、胴元はそれだけ一般賭客よりも有利な地位にあることとなる。しかも、前掲(第二参照)各証拠によれば被告人らの開設した本件各賭場でいわゆる「廻し胴」は行われなかつたものと認められるから、右に述べた胴元の「有利さ」はそのまま賭場の開設者の有利さとなつて顕われる。その故にこそ検察官は揃目、分れ目は擬装された寺銭に外ならないと断ずるのであるが、果してそうであろうか。

胴元と賭客とが勝負を争う形式の賭博においては胴元と賭客が全く同一の条件で勝負するというものは尠く、胴元の方が賭客よりも有利な役をもつている場合が通常である(「チヨボ一」「キツネ」等には「五二(グニ)」の中目に賭けた賭客にも有利な地位を与えることがあるが、これは高い危険を冒す者に高い報酬を与える趣旨で、危険そのものが低減される胴元の役とは性質を異にする。)。胴元の役はその目が出た場合胴元が賭客の全部に対して勝となる場合(「キツネ」)と、本来の勝者に対する関係で無勝負とする場合(「四三四六」、「十四九」、「チツバ」、「天賽」等)があり、本件は後者に属するが、いずれも本来は胴元の敗となるべき場合を勝又は無勝負とすることによつて胴元の敗を尠くする機能を有するのである。

弁護人はこのような役の設けられた趣旨は、胴元の賭金する側(上、下のいずれを選ぶか)及びその額は賭客らの行為によつて自動的に定まる(それ故胴元は態々場に賭金を張る動作はする必要がない。)ので胴元に選択の自由がない(いわゆる「ついている」側を選べない。)不利益を救済することにあると主張する。右主張は賭金する側の選択(勝負の公平化)という面では数字的確率から見て全く理由がない。しかし賭金の額の決定の面では無意味な主張とはいえない。胴元は多数の賭客に対して勝負を行うものであるから、胴元の負担する危険は賭客各自が負担する危険よりも数量的には大きくなり得る筋合である(通常は反対側に賭けた賭客相互間で、或程度相殺されるが、賭客が一方の側にのみ偏つた場合は胴元の危険は増大する。)。一方、賭客の中の或る者が所持金を皆失つたとしても賭博はその者を除いて依然続け得るのに反し、胴元が胴金を失えばもはや賭博は終りとならざるを得ない。このことと、胴元の負担する危険が確率的には賭客と同一であつても、数量的には賭客各自よりも大きいという点を考え併せると、結局胴元の「役」は、勝負の公平化に資するというよりは、胴元の敗を確率的に少くすることによつて数量的に大きい胴元の危険を緩和し、以て勝負の永続化に資する目的を有するものと認めるのが相当である。

以上を要約すれば、被告人らはその開設にかかる賭場において自ら胴元として賭博に参加し、賭客との間に勝負を争い、且つ、勝負の結果が概して自己の有利となるような揃目、分れ目等の役を設けて競技を行い、賭博に勝を占めることによつて判示利益を収得したものに外ならない。しかしてその「役」を設けた趣旨は主として胴潰れを防止し、勝負を永続化させる点にあるというべく、結果的に胴元がこれによつて利益を得ることにはなるけれども右利得を以て賭場開設の対価たる性質を有するものということはできないのである(本件においては偶々賭場開設者と胴元とが一致しているため混同の恐れがあるが、先に掲げた各種骨子賭博においては、寺銭は通例開設者に対し胴元から支払われている事実に徴しても、両者の違いは歴然としているといわなければならない。)。

(五)  結論

以上の次第であるから、被告人らがその開設にかかる賭場において賭客から賭場開設の対価として不法な財産利得をしようとする意思を有していた事実はこれを認むべき証拠がない。よつて被告人らが賭場を開設して利を図つたとする本位的訴因は失当である。

第四、被告人金禧坤の罪責

予備的訴因によれば被告人金禧坤は同尹相大と共謀して第一の(一)の賭博をなしたというのであるが、第二掲記の各証拠によれば被告人金は同尹に頼まれ、日当を貰う約束で同被告人の開設した賭場においてさきに判示したようないわゆる「札付け」をしたり、同被告人に差支えのあるとき臨時に壼振りを代行したものに過ぎず、賭金(胴金)の出資、配分には関係しなかつたものと認められるから、結局被告人金は同尹が判示(第一の)賭博をなすに際しその犯行を容易ならしめたに止まるのであつて、被告人尹の従犯と認めるのが相当である。

第五、法令の適用

(1)  判示第一の(一)(三)の事実(賭博)刑法第一八五条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号。

(2)  同(二)の事実(賭博幇助)右に掲記の外刑法第六二条、(従犯減軽)同法第六三条、第六八条第四号。

(3)  労役場留置刑法第一八条。

(4)  没収(被告人尹、同佐藤につき)刑法第一九条(犯行の用に供し若しくは供せんとしたもの又は犯行により得たるもの)。

(5)  訴訟費用の負担刑事訴訟法第一八一条第一項本文、(連帯負担部分につき)同法第一八二条。

(裁判官 半谷恭一)

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